狂歌 十話
彼は殴られていた。
彼女は涙で顔を濡らしていた。

「・・・なんで、おめぇは、表情一つ変えないんだぁ?」

苛々した顔で、男は尋ねた。

「別に、痛くも無いからな。」

彼は冷徹に、淡々と返すが口には血が流れていた。

「愛する者の為にってかぁ? それなら、これならどうだぁ?」

もう一度、銃口を彼女の頭に向ける。
その時、彼の目が見開いた。

「ははは! 絶望に歪めぇ!!」


一発の軽い音。
長い髪に伝わる液体。


彼女が 倒れた。


「ヒャッハッハ!!!どうだぁ?」

「・・・この、糞外道が!」

憎悪に満ちた顔で、彼は言った。

「さて、お前も後を追うがいい・・・
 ただし、俺はもっと・・・ もっとお前の歪む顔を見てみたいねえ!」

男は懐からナイフを取り出し、思い切り振りかぶった。



彼の脇腹に 銀色とそれに共鳴するかのような赤が輝いた。












痛い。  とても痛い。
けれど、それ以上に許せない。

憎悪の気持ち。  いや、吐き気を催す程の外道。

アイツに生きる価値なんか無い。
彼女を殺した。 ただ、愉快だったから。
僕の幸せは 奪われた。




そうか

僕もそうだっけな。


僕がやってることは、コイツと同じなのか。

この下司と 同じ。


人の幸せに嫉妬しているんじゃない。

僕は、人の命を取って
それで、神の気分に浸ってたんだ。


幸せが無かったから それを口実にして

僕は殺人を楽しんでるだけの狂人か。


・・・いや、人じゃないな。
さしずめ僕は、悪魔かな。


皆、幸せのかけらを集めて生きていて
僕はそれを崩していく、悪魔。


悪魔は、居ちゃいけない。



だけど、最後に一つ。

彼女の敵を。

望んでいないことだろうけど

悪魔にできる、最後のプレゼント。

僕なりの 君への鎮魂歌を








「・・・残念だったな。 僕にナイフを向けたのが唯一の失敗だ。」

彼は口から血を流し、脇腹からも血を流しながら笑っていた。
そして、ナイフの刀身を素手で掴んで男からぶんどった。

「何しやがる!」

「・・・生きる価値の無い 僕らは消えようか。」

ナイフを持って男を切り裂く。
野太い悲鳴が上がる。
構わず、彼はナイフを振る。







筋肉の切れる質感。
血管の裂ける音。

全てが僕の手に、体に伝わる。

落ち着いて、相手を苦しませるように。
全ての苦しみを与えてやる。

この憎い、悪魔に。


腕が二本落ちる。
泣き喚く男。
骨の感触が感覚を鮮明にする。



両足も落ちた。

ははは  もう達磨だ。

苦しみに顔を歪める。


最後に、僕は背中にナイフを突き立てる。

男は最後に盛大な悲鳴を漏らして 息絶えた。





・・・さて、僕もこの世から消えなきゃいけないな。











「・・・これは・・・」

川崎はその現場を見て、絶句した。
凄まじいほど飛び散った内臓、血。
全てそれは一人の男から出来ていた。
腕、足 体中のありとあらゆるものが、男から無くなっていた。

「・・・酷いですね。 警視、この女の人は・・・」

「確か、あの男の・・・彼女!」

「となると、あの男はやはり・・・」

「状況はどうでもいい、聞き込み行くぞ!」















君と行くはずだった、綺麗な勿忘草の丘。
五月の後半には、来れなかった。
約束は、守れなかった。

「・・・そろそろ、辛いか・・・」

もう、持ちそうに無い。
満開の勿忘草も、もう霞む。







「待てぇぇぇぇ!」

凄い形相の男だな。
・・・川崎だっけか。 前に見たっけ。


もう、別れを告げる時間も無いか。




僕の涙は最後まで出なかったな



勿忘草が綺麗だ。

花言葉は、私を忘れないで。 か。

本当に、君に会えて良かった。



ありがとう




一発だけ 軽い音が木霊した


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