狂歌 九話
「警視。」

「ん? どうした?」

「・・・例の、残酷な通り魔の容疑者候補が挙がりました。」

「この前の か?」

「いえ、下司な殺害者の方です。」

「誰だ?  いや、何人だ?」

もったいぶる様に笹川は声を潜めた。

「・・・それが、見るからに嫌な親父でした。」

「あの聞き込みした時の奴か・・・  やりそうだとは思ったが・・・」

あの聞き込みとは、大分前に彼らが行った聞き込みである。
そこでその中年男性に話を聞いたのだ。

「どうして、そう判断した?」

「・・・深夜、目撃証言がありました。
 それに、その時のアリバイが一切ありません。」

「それは怪しいな・・・ところで、この前入院した男はどうなったんだ?
 一応、不審の為要保護観察と言った筈だが。」

「どうやら、男は女性と付き合っているようです。
 いいですねえ・・・ 一人身はたまりません。」

「私情を交えるな。 あと私は結婚済みだ。」

「羨ましい・・・ 警視、私に橋渡ししてください。」

「お前普通にモテそうだろうが。 そのうち来るときが来るさ。」

「・・・先ずは、事件解決しましょうかね。」

笹川は何もアドバイスをもらえなかったことを恨みつつ、肩を落として机に向かった。







「それじゃあ、気をつけて。」

「うん、また明日!」

彼女はいつも、満面の笑みで彼と別れる。
彼はそれを見て、いつも微笑む。

「・・・また、明日 か。」

満点に輝く星空を見て、彼は一言だけ呟いた。
その直後、彼のポケットから振動が響いた。

「ん・・・ 何だろうか。」

着信があったのは、すぐ別れた 彼女。
そこから聞こえたのは、いつもの声では無かった。


野太い、男の声。



「・・・誰だ、貴様は・・・」

「おっと・・・ この前の坊ちゃんだったのか・・・」

下司な笑い方をして、電話の向こうの男はそう言った。

「その声は・・・ 貴様か。」

彼は思い出したように声を絞り出した。
その声は、震えていた。

彼女は どうなったのだ。


「彼女をどうした。」

「・・・ひひひ。 お前の女だったのか。」

「答えろ。」

「お前の彼女は、綺麗だな。 ああ、その時が止まれば面白いだろう。」

「貴様!」

「じゃあな・・・ フヒヒヒヒ!!!」

醜悪な笑いを残して、下司な声はそこで途絶えた。
彼はすぐさま走り出す。 武器は無い。

「・・・帰り道・・・路地か!」

彼は苦虫を噛み潰したような顔で、さらに速度を上げて疾駆した。













彼が初めて膝を付いた、路地。
男と彼女は そこに居た。

「・・・ほらほらぁ!」

男は拳を握り、彼女の腹に叩きつける。
彼女は、少し仰け反り、血を吐いた。」

「・・・やめて・・・」

弱弱しい声で、彼女はそう言った。

「いい声で鳴くねえ・・・  綺麗だなぁ・・・!」

さらにもう一発、もう一発。
顔、腕 全てに拳が叩き込まれる。
彼女は痣を作り、顔を涙に濡らした。




「・・・前も思ったけど、やっぱり貴様は外道だな。」

彼は、少し息を切らしていた。
だがそんなことは関係ないかのように、彼は男を睨みつけた。

「現れたか・・・ 快楽殺人者さんよぉ!」

彼女は、驚愕の表情を浮かべた。

「驚いたか? お前の彼氏は今話題の通り魔なんだぜぇ!」

認めたくない とでも言うかのように彼女は顔を伏せた。

「・・・それ以上言うな。 殺すぞ。」

彼は何も持っていない。
この言葉は完全にハッタリだった。

「お前さんは、デートでも武器を持ち歩くのかぁ? 違うだろぉ?」

醜悪な笑みを浮かべて、男は彼を見下した。
やはり、見抜かれたようだ。

「あん時も思ったんだけどよ。 お前は撃たれても表情一つ変えなかったなぁ・・・?
 俺はそん時から、お前が崩れる様を見たいと思っていたんだよ・・・」

「何をするつもりだ。」

「こうすんだよ。」

男は彼女に銃を突きつけた。

「止めろ。」

「誰が止めるかよぉ・・・ こっちきな。
 お前は俺に心いくまで殴られて貰うぜ・・・」

「・・・約束を守るなら、いいだろう。」

彼は男の元へと歩き出す。

「やめてっ!」

彼女は悲痛な叫びを漏らした。
しかしそれは、届かなかった。

「やっと、お前の絶望を見れるってもんだ・・・」


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